何年も胸中に暖めていたこけしの頒布に乗り出すことにする。
その際、仕入れ先である兄の会社「こけし千体趣味の会」から何字か拝借して、「千趣会」と名乗った。
会員勧誘に動いた行待は、「味楽会」の経験から、たたちラシを配って歩くだけではダメだと悟っていた。
そこで着目したのが、戦後比較的早く立ち直り、かつ女性従業員の多い金融機関である。
狙いはドンピシヤたった。
女子行員が三〇人、四〇人とまとまって申し込みをし、窓口役の女性が給料日には集金の面倒まで見てくれる。
そうした「お世話係」を持つことが頒布販売の要諦だが、それが自発的にどの職場でも生まれていったのだ。
四~五か月もすると会員は四〇〇〇~五〇〇〇人になり、一口一○○円だから、T・Tにも無視できない儲けだ。
その年の暮れには、こけし販売に専念すると決めた。
T・Tの妻の提案で、外部代理人の手数料を一口二〇円と定めると、見る間に二〇〇〇人の会員を集める者も現れた。
それがT・Tの姉で、当時、彼女が手にした月の定期収入は、T・Tの月給を遥かに超えていたという。
こうして女性の生活の潤いにと始めた事業は、わずか三年で年商一億円を突破。
しかし、T・Tは、こけしは戦後復興と共にその役目を終えると読んでいた。
そこで、こけしに付加価値を設けるために、いくつかの企てを試みる。
まずはこけしの叙情性を高めようと、模様を織り込んだ和紙に詩を刷った栞を添えたのだが、これが自社出版物の販売という、その後の千趣会の流れを形作っていく。
五八年にはオールカラー料理カードシリーズ『クック』が誕生。
大家族の中で育ったT・Tは、主婦が毎日の献立に苦労するのを肌身で知っていた。
やがて当時、普及の目覚ましかったテレビ料理番組との提携を日本テレビに持ちかけ、これが成功、『クック』は月刊誌化され、六九年には最大八二万部を記録する爆発的ヒットとなった。
この路線に続いたのが六四年創刊の『デリカ』。
七〇年のピークには最大二八万部と、手芸誌最高の売上げを記録した。
ただ『クック』『デリカ』とも母の手料理、手編みが当たり前たった時代のガイドブック。
女性の社会進出が普通になった八〇年代後半には揃って休刊している。
オイルショック直後の七五年、行待はカタログ進出を決意する。
それは、京都に本社を置き、小売店を通じて呉服カタログを配布していた日本通販が商談を申し込んできたのがきっかけだった。
和服に特に魅力を感じなかった行待だが、カタログ呉服販売の大手ニッセンが、洋服に参入するという情報が入り、これまで趣味教養品分野だけ扱ってきた千趣会も、その煽りを喰いかねないと判断したのだ。
そして翌七六年、最初のカタログ『ペルメソン』(仏語で「美しい館」の意)を発行する。
スペシャル主義を貫く現在も同社の看板である『ペルメソン生活』だが、かつてはOL相手のため、ファッション記事の占める比重が抜きん出て高かった。
だが、その後、各社間で競争が激化し、分厚い百科全書主義のニッセンに分冊主義で対抗に出る。
そのなかで雑貨を扱った『住まいと雑貨』が雑貨ブームの魁となり、これは今でも基幹カタログの中でも最高の人気を誇る。
分冊主義が進んだ結果、一時は収納家具のみを扱ったカタログや、Tシャツだけのカタログなど全部で二五冊もあった。
このような行きすぎたスペシャル志向への反省から、現在は一五冊まで絞り込んでいるが、「それでもまだ多いんちゃうか」とM・Sは言う。
「雑貨でナンバーワンを目指す」姿勢がはっきり出されている。
そもそも千趣会は雑貨頒布から興った会社だ。
本道に回帰しただけのことなのかもしれない。
このところ家具を含めた雑貨売上げの伸長は目覚ましい。
雑貨を核にしたトータルライフカタログの『新生活館』はコンビニ、書店にも置かれ、コーディネートに気を配ったその写真には、さりげなく洋服も登場、かえってこちらのルートでの販売のほうが多いのだという。
実はセシールやニッセンの大衆路線を意識するあまり、『ベルメソン家族』で一敗地にまみれた千趣会。
今度は二七~二八歳のOL中心マーケティングに再転換した。
もはやファミリーではビジネスにはならないのか。
T・Kは言う。
「それにしても、千趣会の各カタログの誌面はさすがに洗練されており、女性ファッション誌と見紛うばかりのレイアウトだ。
私がそう指摘すると、M・Sは編集者のような口ぶり。
文字組が対だとか、ノウハウがいっぱいあるんでね。
自社のハウススタジオも持ってますし、海外ロケなども仰山やりましたわ。
それでも、ポケットなどのディテールは必ずしっかり映し込むようにしてます。
お客さんが気にされるとこは全部ね」千趣会はメーカー志向だともBさんは言う。
「現に商品の九割方がオリジナル企画である。
それなんか、どうも″男性自身″の硬さがいいんだそうでね。
いや、これ冗談じゃなくて、なんだか真面目にそんな研究しとったねえ(笑)」(M・S)しかし、とりわけユニークなのがウォルドーディズニー社とのタイアップで九三年に生まれた『ディズニー・ファンタジー・カタログ』。
「くまのプーさん」一つとっても、車用のMもう思いつく商品はなんでもあり。
身の回りのものを全部ディズニーで固めることも可能なのだ。
かつてはミッキーの南部鉄瓶などもあって、これなど許可が下りなかったというが、説得を重ねて売り出したところ数万セットも売上げたという。
ここまでたびたび話に出てきた、セシール、ニッセン、ムトウの大手三社に関して、ここ数年の動きを中心に簡単に触れてみよう。
香川県高松市に本社を置くセシールは、一九九二年三月期決算で業界初の売上高二〇〇〇億円を突破したが、九八年三月期決算で千趣会にトップを譲り、以来、その売上げは減少傾向を辿っている。
三七年生まれの社長正岡道一が七二年、アじゃ物産として創業。
パンティストッキングの配置販売からスタートし、八三年に現社名に変更、総合カタログ通販に乗り出し、その年にランキング三位、八六年一〇月期決算で売上げ一〇三九億円を達成し、第一位に躍り出た後は、王者の座に君臨し続けていた。
主力のアンダーウェアをはじめとする低価格衣料品の強さ)は圧倒的だったが、九四年三月期決算で初めて赤字経営に陥った。
当時はニッセンが同社のお株を奪う安値攻勢に出ていたころで、その後の千趣会を含む上位三つ巴の安売り競争が、それぞれの体力を著しく消耗させたのだ。
二〇〇二年東証一部上場。
全部でカタログはいずれもフラットでともかく見やすさに徹している。
九〇年代前半、毎年、前年比二〇~三〇%の急成長を遂げたのがニッセン。
一九七〇年創業の同社の前身は京都の染物屋「日本捺染」。
先行のムトウに刺激され、その商事部を分離し株式会社日本染芸を設立、カタログ呉服販売を開始した。
七五年には総合カタログ販売に乗り込み、やがて、ボリューム満点のカタログと、「マジックプライス」と銘打つ価格破壊戦略が功を奏するのである。
九五年度末の時点で登録顧客数は一三六六万人、カタログ発行部数は五三六〇万部。
これらの数を背景に、セシール、千趣会を巻き込んだ安値抗争が沸騰した。
しかし、その反動が一気に現れたのが翌年度の決算。
投資資金調達の失敗なども絡み、経常損失六八億円という赤字に落ち込んだのである。
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